手足でつくる CRAFT Brewer
―当時も今も私の「土壌」―
冨成 和枝(Kazue TOMINARI)
In a daze Brewing合同会社 代表
冨成さんの今
「お酒が好きで、農産物も使える。それは面白いじゃん。」
個性豊かなビールに焼き立てのピザ、のんびりとして居心地の良いお店。
自分の持つアイデアや経験、人との繋がりを活かしてそれらをデザインし、作り上げる。
そして、私たちのもとへと提供する。それが冨成さんの仕事だ。
クラフトビールに出会ったのは、卒業後就職した食品会社に勤めている頃だった。
自分の手でものづくりがしたいという気持ちと、農家さんに関わることがしたいという気持ち、
そんな気持ちを抱える中で見つけたのが、クラフトビールだった。
大学の時のインターンシップがきっかけで、元々お酒の商品開発に憧れを持っていた冨成さん。
お酒が造れて、農産物も活用できる。小さい規模でもできそう。
さらに長野県に移住したい気持ちもある。きっと地元の農産物を利用できる。それは面白いじゃん。
そんなたくさんの気持ちが繋がり、冨成さんはクラフトビールを造る事に決めた。
「好きの気持ちが強いなら続けていける」
冨成さんはプライベートでは一児の母でもある。
自分の会社を持って、結婚して、子供も生まれて、傍から見れば順風満帆な生活。
「いや色々大変なこともありますよ。みんなね、等しく。」
会社は常に右肩上がりとはいかない。倒産間近かもしれないと考えることもある。
特にコロナ禍は、未知の状況に対して戸惑いつつ、何とかアイデアを絞り出した。
子供が生まれてからは、自営業という立場で子育てをしていくことの難しさも知ったという。
それでも会社を続けてきた、その根底にあるのは「好き」という気持ちだ。
好きなことなら続けられる。嫌なことも、それを上回る好きの気持ちで乗り越えていける。
「一番に気持ちが動かないと体が動かないし、それで体が動くことによって商売が回っていく」
冨成さんの好きなことは「物を生み出すこと」、特に「食に関わること」だそう。
例え言葉が通じなくても、美味しいものを食べることで共有できるものがある。
そういうところが好きで、みんなで共有したいのだという。
そんな冨成さんの気持ちが、美味しいビール、そしてたくさんの人たちの笑顔を作っているのだ。
自家栽培中のホップ
冨成さんの生き方
「常に別の何かを持っておくのが自分の生き方」
冨成さんは「一個だけやるのがつらくなる性分」だという。
一個だけ突き詰めると逃げ道が無くなる気がする、
だから常に違う道を用意しておき、息抜きができるようにしておく。
そして、違う道を作るためにより多くのことを知り、吸収しようとする。
それが冨成さんの生き方で、今の働き方を築く1つの要素でもある。
「分かった気になっている人間になりたくない」
冨成さんには大学生の時に決めて、実践していたことがある。
それは「自ら苦労を買って出る」「足を動かす」の2つだ。
「自ら苦労を買って出る」、そう決めたきっかけは好きな人だった。
苦労の絶えない人生を歩む相手を見て、相手に寄り添うために自分も同じくらい苦労してみようと決めた。
そこから、「他人に共感できるような経験をしてみよう」と、
楽しいことでも、苦しいことでも、様々なことに挑戦しよう、そう心掛けてきた。
「足を動かす」、これは今でも意識していることだそう。
調べて知った気になって、経験が伴わない。
そんな知ったかぶりにならないよう、自ら「足」を動かし、経験する。
そうして得たものがIn a daze Brewingの仕事にも活かされていく。
「手づくり」ならぬ「手足づくり」のビールなのだ。
誰かに寄り添いたい。そのために足を動かし、苦労する。
それを「当たり前のこと」と言い切る冨成さん。
「やっても無い人に大変なんですよって言われても、いや何もやってないじゃんって思うでしょ?
足も動かしてないのに分かった気になっている人間になりたくない。」
冨成さんも元は信大生だった
「いろんな人との関わりで世界が広がった」
冨成さんは学生時代、講義や学内での人間関係に悩むこともあったという。
そんな彼女を支えたのは学外のコミュニティという「違う道」だった。
コミュニティの中には同じ趣味を持つ人やアーティスト活動をする人、
お店を経営している人、バイト先の人、中には怪しいビジネスをしている人もいた。
様々な人との関わりは、良い息抜きでもあり、またたくさんの人生を知る機会でもあった。
「誰か特定の人から影響を受けたわけではないけど、こういう人生もあるんだなみたいな。
きっと世界が広がったかなとは思うかな。」
「信州大学は、私の土壌」
「あなたにとって信州大学とは?」そう尋ねると、冨成さんは笑って答えてくれた。
「私の土壌かな。その当時も今も繋がって、豊かにしてくれてる土なのかな。」
確かに冨成さんの話の中には、当時から繋がっていることがたくさんあった。
先生や同級生たち、繋がった人たち、大切にしていること、経験したこと。
それらは冨成さんの学生時代から今に至るまでを、豊かにし続けている。
現在、冨成さんは農学部の先生と一緒に、食品を利用したエネルギー開発を目指している最中だという。
信州大学という場所は、きっとこれからも、冨成さんにとっての「土壌」であり続けるのだろう。
インタビューの中には、楽しい話も、辛い話もあった。冨成さんは全部明るく話してくれた。
きっとこれが、「好きな気持ちがあれば乗り越えられる」という事なんだろう。
誰にでも、私にもある「好きな気持ち」。
それを大切にしていきたいと思った。いつか、冨成さんのような、かっこいい大人になるために。
2024.7.17 in In a daze Brewing
<筆者>
粂野 紗代 Sayo KUMENO
森林・環境共生学コース4年
農村計画学研究室